※この記事は、特定の個人を攻撃するための記事ではない。
産後の女性をいたわる必要がない、という話でもない。
むしろ僕は、産後の女性はちゃんと休むべきだと思っている。
家事や夫への世話を産後の女性に当然のように求めるのはおかしいし、「産後なんだから甘え」みたいな意見にはまったく賛成しない。
そのうえで、今回Xでバズっていたある投稿には、かなり気持ち悪さを感じた。
産後の女性について語ったX投稿が大きく拡散されていた
今回バズっていたのは、出産直後に医師から言われた言葉として、産後の女性の身体の状態を説明する投稿だった。
内容としては、胎盤が剥がれたあと子宮には大きな傷が残ること、悪露は生理ではないこと、産後の女性は重いダメージを受けた身体で育児を始めていること、だから夫や周囲は休ませるべきだ、という話だった。
この方向性自体には、僕も反対ではない。
産後の女性を軽く見てはいけない。これはその通りだと思う。出産は赤ちゃんが生まれて終わりではなく、その直後から母親の身体の回復と育児が同時に始まる。そこを周囲が理解していないと、本人にかなり無理がかかる。
ただ、この投稿自体と、それに付いていた反応の一部には、別の気持ち悪さがあった。
僕が気持ち悪いと感じたのは、産後女性への配慮ではない
先に明確に切り分けておきたい。
僕が気持ち悪いと感じたのは、「産後女性をいたわろう」という主張ではない。
そこには賛成している。
気持ち悪かったのは、出典や信ぴょう性をちゃんと確認しないまま、「医師が言った話」として話に権威をもたせ、それを見た人たちが正義感で他人を殴り始める流れの方だ。
リプ欄には、いろいろな意見があった。
産後の女性は休むべきだという意見もあれば、投稿の医学的な表現に補足を入れる人もいた。逆に、「甘えだ」とか「昔の人は普通にやっていた」みたいな、産後の負担を軽く見すぎているような意見もあった。
その手の産後軽視には、僕は反対だ。
ただ、それとは別に、「男は全員これを読め」「これに疑問を持つ方がおかしい」みたいな反応にもかなり違和感があった。
なぜなら、その人たちの多くは、投稿の内容が本当に医師の発言なのか、医学的にどこまで正確なのか、元の情報がどこにあるのかを確認しているようには見えなかったからだ。
一番引っかかったのは「いいとこどり」に見える構造
今回のX投稿では、ツリーの最後に「Facebook引用」と書かれていた。
だから、「引用であることを一切出していない」という話ではない。
ただ、僕が見た範囲では、元のFacebook投稿のURLや、元ページ名、元投稿者についての具体的な紹介はなかった。
ここが引っかかった。
「いい話だったから広めたい」というなら、元の投稿ページや元アカウントをちゃんと紹介すればいい。特に今回のように、医師の発言として読まれ、産後女性への理解や男性への批判につながる話なら、出典はかなり重要になる。
でも実際には、本文では「医師の言葉」という権威を使える。産後女性を守る話として正義の側にも立てる。投稿が伸びれば、いいねや拡散はX投稿主に集まる。
一方で、もし内容に誤りや誇張があった場合は、「これはFacebook引用です」と距離を取ることもできる。
この構造がかなり気持ち悪かった。
権威は借りる。拡散の利益は受ける。けれど、出典への導線は薄い。責任は引用元に逃がせる。
投稿主が意図的にそうしたとまでは断定しない。単に雑だっただけかもしれない。
でも、今回のポストの構造としてはかなり「いいとこどり」に見える。
元のFacebook投稿は確認できたが、実話かどうかは別問題
元になったと見られるFacebook投稿は、「最後のナースコール」というアカウントに投稿されていた。
このアカウントは、ICUに家族が入ったときの体験談や、医療者とのやりとり、家族の不安や葛藤などを扱うページのようだった。
つまり、完全に個人の日記というより、いろいろな体験談や医療にまつわる話を集めて発信しているタイプのページに見える。
ここで大事なのは、Facebookに投稿があることと、その話が本当に実在の医師からその場で語られたことかどうかは別だという点だ。
投稿ページが存在することは確認できる。さらに、同じ文章が他のブログにも転載されている。
ただし、現時点で外から確認できる範囲では、次のことは分からない。
- 実際にこの医師が存在するのか
- 本当に出産直後にこの言葉が語られたのか
- 文章が本人の体験談なのか、再構成された話なのか
- 写真が本人のものなのか、イメージなのか
- 医療者による監修が入っているのか
だから、この話の信ぴょう性は「投稿は存在するが、実際の会話として確認できるわけではない」という扱いになる。
僕の感覚では、実在の体験談の可能性もある。完全な作り話とも言い切れない。
ただ、「医師が本当にこう言った話」として無条件に信じるには、材料が足りなく感じる。
投稿の内容は、医学的にどこまで正しいのか
せっかくここまで読んでくれたあなたへ。
ここからは、投稿の内容そのものを確認する。
僕自身は、産後女性をいたわるべきという結論には賛成している。
ただ、それと文章の正確さは分けて考える必要がある。
胎盤は「母親の身体の一部」なのか
投稿では、胎盤は母親の身体の一部であり、赤ちゃんを育てるための臓器だという説明が出てくる。
胎盤が妊娠中にできる一時的な臓器であることは正しい。
ただし、「母親の身体の一部」とだけ言うと少し雑になる。
胎盤は母体側の組織だけでできているわけではなく、胎児側の組織と母体側の組織が関わる構造だからだ。
NCBI BookshelfのStatPearlsでは、胎盤は妊娠中に形成される重要な一時的臓器であり、遺伝的特徴は発育中の子どもと同じと説明されている。
つまり、「臓器」という説明はおおむね正しい。ただ、「母親の身体の一部」と言い切るより、「胎児側と母体側の構造が関わる一時的な臓器」と言った方が正確だ。
胎盤が剥がれたあと、子宮に傷が残るのか
胎盤が出たあと、胎盤が付いていた場所から出血が起きるという方向性は正しい。
出産後、子宮は収縮しながら元の大きさに戻っていく。この収縮によって、子宮壁の血管が圧迫され、出血を止める働きも起きる。
MSDマニュアルでは、産後の子宮は徐々に小さくなり、通常4〜6週間で妊娠前の大きさに戻ると説明されている。
だから、「胎盤が剥がれた部分がある」という説明自体は間違っていない。
ただ、「胃や肝臓のような臓器が身体から無理やり剥がされたら」といった表現は、かなり強い比喩だと思う。
危機感を持たせるための言い方としては分かる。けれど、医学的にそのまま受け取る表現ではない。
悪露は生理ではないのか
これは正しい。
悪露は、生理ではない。出産後に出る腟分泌物で、血液、粘液、子宮組織などを含む。
Cleveland Clinicも、悪露は出産後数週間続く分泌物で、血液、粘液、子宮組織などを含むと説明している。
だから、「悪露は生理ではない」という点は正しい。
ただし、「内臓の傷から流れている出血」とだけ言うと、これも単純化が強い。悪露は血液だけではなく、粘液や子宮組織なども含むからだ。
産後の身体は「全治数ヶ月レベルの大怪我」なのか
これは医学用語ではなく、比喩として見るべきだと思う。
産後の身体が大きな回復期にあるのは事実だ。日本でも、産後の身体が元に戻るまでの6〜8週間ほどを産褥期(さんじょくき)と呼ぶことが多い。
労働基準法でも、出産日の翌日から8週間は原則として女性を就業させてはいけないとされている。ただし6週間経過後、本人が請求し、医師が支障ないと認めた業務なら可能になる。
この制度から見ても、出産直後の身体を通常状態と同じように扱ってはいけないことは分かる。
ただ、「全治数ヶ月レベルの大怪我」という表現は、診断名ではない。
産後の負担を伝えるための比喩としては分かる。けれど、医学的な事実としてそのまま使うには強すぎる。
産後は絶対に動いてはいけないのか
産後に休息が必要なのは間違いない。
ただし、「絶対に動いてはいけない」とまで言うと、これも雑になる。
ACOGは、産後ケアを一度きりの健診ではなく継続的なプロセスとし、遅くとも産後12週までに包括的な産後訪問を行うべきだとしている。
つまり、産後は一律に「寝ていればいい」というより、身体の状態、分娩方法、出血、痛み、メンタル、授乳、生活環境を見ながら回復を支える期間だと考えた方がいい。
休むことは大事。無理をしないことも大事。
ただし、具体的にどこまで動いていいかは、本人の状態と医師・助産師の判断に合わせるべきだ。
整理すると、この投稿は何が正しくて何が危ういのか
| 投稿内の話 | 確認した結果 |
|---|---|
| 産後の女性は大きな回復期にある | 正しい。産褥期は身体が戻る重要な時期 |
| 悪露は生理ではない | 正しい。血液、粘液、子宮組織などを含む産後の分泌物 |
| 胎盤は臓器である | おおむね正しい。ただし母体だけの一部と見るのは雑 |
| 子宮に傷がある | 方向性は正しい。胎盤付着部からの出血や子宮回復がある |
| 全治数ヶ月レベルの大怪我 | 比喩としては分かるが、医学的な診断表現ではない |
| 医師が実際にこの通り話した | 未確認。Facebook投稿はあるが、実際の会話かどうかは分からない |
問題は「正しい話か」だけではない
この話で一番面倒なのは、内容の方向性がわりと正しいことだ。
産後女性をいたわるべき。これは正しい。
悪露は生理ではない。これも正しい。
出産後すぐに家事も育児も夫の世話も全部やれ、という空気はおかしい。これも正しい。
でも、正しい方向の話なら、出典が曖昧でもいいのか。
医師が言ったかどうか分からない感動話を、「医師の言葉」として拡散していいのか。
それを読んだ人たちが、確認もせずに「男は黙って読め」と他人を裁く材料にしていいのか。
僕はそこに強い違和感がある。
弱者擁護の話ほど、確認が雑になる
これは産後女性の話だけではない。
介護、育児、病気、障害、貧困、いじめ、災害。
弱い立場や大変な立場の人を扱う話は、正義感が乗りやすい。
そして正義感が乗ると、人は確認を飛ばしやすい。
「これは弱い人を守る話だから正しい」
「これに疑問を持つ人は冷たい」
「とにかく広めるべき」
そういう空気になると、話の信ぴょう性や表現の正確さを確認すること自体が、悪いことのように扱われる。
でも、本当に大事な話ほど、雑に扱うべきではない。
産後女性を守る話なら、なおさら正確に伝えた方がいい。
正確に伝えた方が、ちゃんと届く。
雑な感動話で殴ると、あとから反発が起きる。そして最悪の場合、本来大事だった「産後女性をいたわる」という話まで胡散臭く見られる。
僕の意見
僕は、産後の女性をいたわるべきだと思う。
出産直後の女性に、洗濯、料理、掃除、夫の世話、親戚対応まで当然のように求めるのはおかしい。
赤ちゃんが泣けば起きる。授乳する。寝不足になる。身体はまだ回復途中。悪露もある。痛みもある。メンタルも揺れる。
これらは本当に大変なことだし、実際人生の中でも他にないしんどい時期だと思う。
だからこそ、夫や家族はかなり本気で支えるべきだ、と僕も思う。
ただし、その主張を通すために、信ぴょう性が確認できない「医師の感動発言」を権威として使う必要はない。
正しい知識だけで十分に言える。
産後の身体は回復期にある。
悪露は生理ではない。
子宮は時間をかけて戻る。
産後ケアは継続的に必要になる。
法律上も産後8週間の就業制限がある。
これだけで、産後女性を休ませる理由としては十分だ。
過度に話を盛ったりする方が、話全体がうさん臭くなる。
正しい知識を読んだうえで、それぞれが行動すればいい
今回の投稿を見て、「もっと妻を休ませよう」と思った人がいるなら、それはいいことだと思う。
「産後の身体ってそんなに大変なんだ」と初めて知った人がいるなら、それも意味がある。
ただ、そこで止まらずに、ちゃんと確認してほしい。
医師が本当に言った話なのか。
どこまでが医学的に正しいのか。
どこからが比喩なのか。
元の投稿はどこなのか。
その確認をしないまま、正義感だけで他人に押し付けるのは違う。
産後の女性をいたわることと、未確認の話を信じ込むことは同じではない。
大事な話だからこそ、雑に扱わない方がいい。
僕はそう思う。
参考にした情報
- Facebook「最後のナースコール」該当投稿
- Amebaブログに転載されていた同文投稿
- NCBI Bookshelf / StatPearls「Embryology, Placenta」
- Cleveland Clinic「Lochia」
- MSD Manual Professional Edition「Postpartum Care」
- ACOG「Optimizing Postpartum Care」
- 厚生労働省関連資料「産後休業」
※この記事は医療判断を目的にしたものではない。産後の出血、強い痛み、発熱、悪臭のある悪露、気分の落ち込みなどがある場合は、医師・助産師・産院に相談してほしい。