僕は、
人知れず努力を続ける主人公が好きだ。
派手ではない。
評価もされない。
でもある瞬間、
理解者が現れる。
その場面に強く惹かれる。
なぜか。
努力が消えるのが嫌だからだ。
観測されない努力は、
存在しなかったことになる気がする。
理解者が現れるというのは、
その努力が「確かにあった」と
証明される瞬間だ。
僕自身、
誰かに全面的に理解されたいと
願っているわけではない。
でも、
無かったことになるのは嫌だな、と思う。
消えるのではなく、
たしかに存在したと確認されたい。
物語への共感は、
自分の構造を映している。
あなたはどうだろう。
理解されたいのか。
それとも、理解されなくても平気なのか。
僕は、
観測されないまま消えることを、
ほんの少し拒否している。





