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Month: 2026年2月

理解者が現れる物語に惹かれる理由

僕は、人知れず努力を続ける主人公が好きだ。 派手ではない。評価もされない。 でもある瞬間、理解者が現れる。 その場面に強く惹かれる。 なぜか。 努力が消えるのが嫌だからだ。 観測されない努力は、存在しなかったことになる気 […]

自分を嫌いにならない理由

僕は自分を嫌いではない。 ギリギリまで動かないこともある。同じ過ちを繰り返すこともある。 時間にルーズだと言われることもある。 でも、それで自分を見限ることはない。 理由は単純だ。 自分からは逃げられないからだ。 逃げら […]

観測としての人間関係

僕は自分の話をする。 でもそれは、自己主張のためではない。 相手の反応を見るためだ。 例えば、自分が大事にしている価値観を出す。 そこで この反応の差は大きい。 僕はそこを見ている。 前は無意識だったけれど、今は自覚して […]

信じ切らないという選択

信じたいと思うことはある。 でも、信じ切ったことはほとんどない。 どれだけ誠実に見える人でも、どれだけ長い付き合いでも、どこかで観測は続けている。 これは不信ではない。 固定しない、ということだ。 信じ切るというのは、 […]

面倒という感情の正体

僕はあまり「嫌い」と言わない。 でも「面倒」とは言う。 この違いは大きい。 嫌いというのは感情で、でも面倒は、計算になる。 例えば、同じ主張を何度も繰り返す人がいる。 こちらが順序立てて説明しても、感情だけで押し返してく […]

所有しているという感覚

放棄しない生き方をしている。 何かに依存して思考を止めることもないし、極端な安心に飛び込むこともない。 でも、それは何も持っていないという意味じゃない。 むしろ逆。 自由を持っている。選択権を持っている。やり直す余地を持 […]

理想を捨てずに、分解する

理想が高いと言われることがある。 でも、理想を下げるという発想はあまりない。 理想を下げるのではなく、理想を分解する。 何が本質なのか。どの要素が重要なのか。どこが削れるのか。 理想は抽象的だと重い。 でも分解すると、軽 […]

自分を出すのは、確定するためではない

僕は自分の話をする。 でもそれは、「自分はこういう人間です」と確定させるためではない。 むしろ逆。 反応を見るためにやる。 自分の価値観を少し出す。思考を少し開示する。好みや判断基準を話す。 そのとき、相手はどう反応する […]

人を極に置かない理由

僕は、人をあまり極に置かない。 「この人が絶対に好き」「この人が絶対に嫌い」 そこまで振り切ることが少ない。 楽しい人はいる。合わない人もいる。でも断定はしない。 なぜか。 極に置くと、観測が止まるから。 好きに置けば、 […]

失敗という概念が、あまり存在しない

僕の中に「失敗」という言葉は、あまり強くない。 うまくいかなかったことはある。判断が外れたこともある。人との距離を間違えたこともある。 でも、それを“失敗”とはあまり呼ばない。 なぜか。 失敗という言葉には、感情がセット […]