僕の中に「失敗」という言葉は、あまり強くない。

うまくいかなかったことはある。
判断が外れたこともある。
人との距離を間違えたこともある。

でも、それを“失敗”とはあまり呼ばない。

なぜか。

失敗という言葉には、
感情がセットで付いてくるから。

恥。
後悔。
自己否定。

でも僕が見ているのは、構造。

何が足りなかったのか。
どの判断が甘かったのか。
前提が間違っていたのか。
それとも読みが浅かったのか。

それがわかれば、次に活かせる。

逆に言えば、
活かせるなら、それは失敗ではない。

「終わったこと」ではなく、
「更新材料」。

だから過去を振り返るとき、
あまり重さがない。

引きずらないし、美化もしない。

ただのデータ。

この考え方は、
自分を守っているのかもしれない。

でも同時に、
前に進むための装置でもある。

失敗が怖い人は、動きにくい。
僕は失敗というラベルを弱くすることで、
動きやすくしているのかもしれない。