好きな曲の話をするとき、普通は「メロディがいい」「雰囲気が好き」で終わることも多い。

それ自体はよくある。僕もこの曲はメロディがかなり好きだ。
でも、星野源の「くだらないの中に」は、それだけでは終わらない曲だった。

何度も聴きたくなる理由を考えていくと、結局これは自分がどんな関係を素敵だと思っているのか、何を希望だと感じるのかがかなり出ている曲だと思った。

だからこの記事は、曲レビューでもなければ、歌詞の正解を当てにいく記事でもない。

なぜ僕がこの曲を好きなのかを通して、自分が何に価値を感じる人間なのかを整理する記事として書いている。

好きな曲を深掘ると、その人が何を救いだと思っていて、どんな関係なら続けたいと感じていて、何を無かったことにしたくないのかがかなり出てくる。この曲は、その典型だと思う。

まず結論|僕がこの曲を好きなのは「大きい愛」ではなく、「日常の中で気持ちがほどけていく感じ」が描かれているから

僕がこの曲でいちばん価値を感じているのは、派手な愛情表現じゃない。
ずっと仲がいいとか、何もぶつからないとか、いつも綺麗な感情だけでつながっているとか、そういう話でもない。

僕が好きなのは、日々の中でどうでもよく見えるものを共有しながら、負の感情が出る前提でも関係が壊れずに続いていくことだ。

しかもそれは、我慢とか根性で支えている感じじゃない。
なんでもないことで自然に生まれる笑顔があって、その笑顔が結果としてよくない気持ちをほどいてくれる。
その積み重ねが、関係の核として扱われている。

そこに、この曲のよさがあると思っている。

この曲がきれいごとに見えないのは、負の感情を前提から消していないから

人と一緒にいれば、ちょっとした妬みや嫉みみたいな感情は普通に浮かぶ。
できれば持ちたくない感情だけど、相手をどうでもいいと思っていたら、そもそもそこまで揺れないことも多い。

つまり、好ましくない感情だからといって、それだけで関係が悪化するとは限らない。
僕はそこをかなり大事に見ている。

「良い関係」を、ネガティブな感情が一切出ない状態としては見ていない。

そうではなく、面倒な感情が出ても、それを抱えたまま日常が回っていくことの方に価値を感じる。
この曲には、その感覚をうたっている。

人間の面倒くささを削って、美しい部分だけ残した関係には見えない。
だから安心できる。

僕は自分の弱さや面倒さを、消して綺麗に見せるより、観測して扱う方を選びやすい。
そういう土台は、こっちの記事でも書いている。

自分を嫌いにならない理由

「くだらないものの共有」に価値があるのは、それが関係の証拠になるから

この曲でいいなと思うのは、世間から見たら価値がないようなものを、ちゃんと残しているところだ。
大事件とか、忘れられない特別な記念日とか、誰にでも分かる感動じゃない。

もっと小さいもの。
その二人の間では意味があるけど、外から見たら説明しにくいもの。
どうでもいい会話、変な癖、何度も繰り返してきた習慣、なんとなく笑って終わる瞬間。

そういうものが、関係を作っている。
僕はこれがかなり好きだ。

なぜかというと、そういう断片の方が嘘をつきにくいから。

「大事に思ってる」と言うのは簡単だけど、毎日の中で共有されたどうでもいいものは、後から無理やり作れない。

一緒に積み上がってきた時間がないと残らない。
だから僕には、そういう断片の方が、言葉より信じやすい。

笑顔は雰囲気づくりじゃなく、希望とか魔法に近い

ここで大きいのが「笑顔」の扱い方だ。

僕は、笑顔をただの明るさとか、場をよくするための反応としては受け取っていない。
もっと強い意味で見ている。

人間は放っておいても、面倒な感情を生む。
その前提は消えない。

でも、日常のくだらないことでふっと笑える瞬間があると、その負の感情がほどけることがある。
しかもそれは、無理に前向きになろうとして作るものじゃない。

自然発生することもあるし、お互いを思っているから生まれることもある。

そこがいい。

努力して正しさを保つというより、日常そのものの中に、気持ちがほどけるきっかけが最初から含まれている感じがある。
僕にとって、それはかなり希望に近い。

だからこの曲の中での笑顔は、便利な解決策じゃない。

もっと静かで、でもかなり強いものだ。

言い方を変えるなら、魔法希望に近い。

ここで大事なのは、笑顔をただの明るさとして見ていないことだと思う。
僕の中では、笑顔は雰囲気づくりでも、ごまかしでもない。

人間が自然に生む面倒な感情を、日常の中でふっとほどいてくれるものだ。
だからこの曲の中での笑顔は、便利な反応じゃなく、かなり本質に近いものとして残っている。

この曲が素敵なのは「ずっと綺麗だった関係」ではなく「また笑える日々を積み上げてきた関係」だから

僕がこの曲を素敵だと思うのは、傷つかない関係だからじゃない。
むしろ逆で、感情が揺れることを前提にしたまま、それでも壊れずにやってきた感じがあるからだ。

たぶん僕は、完璧な関係より、笑顔で日常を取り戻せる関係の方を信用している。

ちょっとした摩擦が起きても終わらない。
気分の波があっても、全部を台無しにしない。

その都度、日常の中の小さい笑顔が空気をやわらげてくれる。
それを何回も繰り返してきたから、今ここにその関係がある。

この順番がいい。

宣言が先じゃない。積み上げが先にある。
「好きだから続いた」より、続いてきた事実があるから、そこに価値を感じる

僕にはこっちの方が、はるかに強く見える。

僕がこの曲に反応するのは、もともと「十分に成立しているもの」を信用しやすいから

ここは曲の話から少し離れるけど、たぶん僕自身の基準ともつながっている。

僕は、大きい理想や派手な正解より、日常がちゃんと成立していることの方に価値を感じやすい。

最強じゃなくていい。完璧じゃなくていい。
でも、回ること。壊れないこと。無理なく続くこと。

そういうものの方が、後から効いてくると思っている。

この曲も同じで、何かを劇的に変える歌というより、日々の中にある小さい回復をちゃんと拾っている。
だから好きになる。

大きく増やすより、生活や関係が回る単位を残したい感覚は、こっちの記事でも整理している。

引き算で生活を設計する(十分で止める)

だからこの曲は、僕の中では「恋愛の歌」より「価値観を共有できる相手との生活の歌」に近い

この曲を恋愛の歌として聴くこともできると思う。
でも僕の中では、それだけでは終わっていない。

もっと生活に近い。

好きという感情を高く掲げるというより、同じものを大事にできる相手と、毎日の中で少しずつ積み上げていく感覚に近い。

価値観を共有するって、何でも同じ意見になることじゃない。
そうじゃなくて、何を価値として残すかが近いことだと思う。

僕がこの曲で見ているのもそこだ。

派手な出来事ではなく、くだらないものの中に希望があると分かっている二人。
その感覚を共有していて、なおかつそれを毎日の中で更新していけること。

そこが素敵なんだと思う。

ガイアック10を好きなのと、少し似ている

これは少し別の話に見えるけど、僕の中ではつながっている。

僕が香水のガイアック10を好きなのも、遠くまで強く届くものより、近い距離で静かに伝わるものを信用しているからだと思う。

一発で分からせる強さより、近くで感じるくらいの強さの方が、僕にはしっくりくる。
この曲もそれに近い。

大げさな言葉で殴ってくる感じじゃない。
でも近くで聴くと、かなり深いところに残る。

僕の好みが、ここでもそのまま出ている。

香りの話だけど、強く主張しないのにちゃんと残るものが好きな理由は、こっちにも書いている。

ル・ラボ ガイアック10レビュー|被りにくい香りを選ぶ理由


この曲を掘ってみて改めて思うのは、好きな曲の話は、そのまま価値観の話になるということだ。

自分がどんな関係に安心して、何を雑に扱いたくなくて、何を希望だと感じるのかは、好きな歌詞の中にかなり出る。
この見方自体を先に整理した記事はこっちにまとめている。

好きな曲で自分の価値観が分かる|歌詞好みは生き方の好みとつながっている

この曲が刺さる人は、たぶん何を大事にしているのか

この曲が刺さる人は、たぶん「何も問題が起きない関係」より、「面倒な感情があっても続いていく関係」に価値を感じている。
いつも綺麗で、いつも正しくて、ずっと同じ温度でいられることより、少しずつ揺れながらも壊れずに積み上がっていくことの方を信用しているはずだ。

それに、世間から見ると小さくて、説明しにくくて、他人からは価値が薄く見えるものを雑に扱いたくない人でもあると思う。
どうでもいい会話、なんでもない笑顔、繰り返してきたやり取り、そういうものの中に関係の芯があると感じる人ほど、この曲には反応しやすい。

たぶんこの曲が好きな人は、感情をゼロにすることや、ずっと穏やかでいることを理想にはしていない。
妬みや嫉みみたいな好ましくない感情が出ること自体は、人間なら普通にあると知っている。

その上で、そういう面倒さごと抱えながら、日常の中でまた笑えることに希望を感じているんだと思う。

だからこの曲に惹かれる人は、派手な愛情表現や強い言葉に安心するというより、無理なく続くこと、なんでもない日の中で気持ちがほどけること、小さいけれど確かな積み重ねを大事にしていることが多いはずだ。

僕自身も、たぶんそこにかなり反応している。

大きい正解より、ちゃんと続くこと。完璧さより、日常の中でまた笑えること。そういう価値観が、この曲を好きになる理由としてかなり出ている気がする。

このシリーズの他の記事

好きな曲を掘っていくと、同じ「関係」の話でも、どこに価値を感じるかでかなり違いが出る。

日常の中で笑顔を積み上げていく関係だけじゃなく、相手を動かさずに満足が成立する愛情や、自分で選んでここまで来た人生をどう肯定するかにも、その人の価値観はかなり出る。

押し付けない愛情や、相手の自由度を侵さない触れ方の方を先に読みたいなら、こっちの記事がつながりやすい。

米津玄師「眼福」が好きな理由|押し付けない愛情に惹かれる理由

関係の話から少し離れて、「自分で選んでここまで来た人生」をどう肯定したいかの方を読みたいなら、こっちもかなり近い。

the pillows「Funny Bunny」が好きな理由|自分で選んでここまで来た人生を肯定してくれる

まとめ|僕が「くだらないの中に」を好きなのは、日常の笑顔を希望として積み上げる関係があるから

星野源の「くだらないの中に」が好きなのは、優しい雰囲気の曲だから、というだけではない。

僕が惹かれているのは、もっと具体的なところだ。

  • 人間の負の感情を最初から消していないこと
  • 世間的には価値が薄く見える断片を、関係の核として扱っていること
  • 笑顔をただの明るさではなく、笑いあえる日々を取り戻す希望として見ていること
  • 一回の感動ではなく、日々の積み上げに価値を置いていること

僕は、完璧な関係に惹かれるんじゃない。
面倒な感情があっても、それでも日常の中で笑顔が生まれることでほぐしていける関係に惹かれる。

そして、その魔法をくだらないものの中に見つけられる相手との毎日を、素敵だと思っている。

この曲は、そこをちゃんと残している。

だから好きなんだと思う。